CASES~事例集



 

CASE 1



Question

 
 私は、40年前日本からアメリカに移り住んで現在に至っています。
 最近、日本で父親が亡くなり、相続が開始しましたが、誰が相続人になるのか教えてください。
 
Answer

 
 日本の民法では、次の者が相続人となると規定されています。
 

1 配偶者
 

①  配偶者は、常に相続人となります。他に相続人がいない場合、単独で相続することになります。 
②  日本の戸籍に記載されていなくても、婚姻証明書で配偶者であることを証明すれば、相続できます。なお、正式に婚姻していることが必要で、内縁関係のままでは相続権がありません。

③  また、相続開始時に配偶者であったことが必要で、相続開始時に離婚している場合は、相続権はありません。

④  死亡時に配偶者であった以上、その後再婚して姓が変わっても相続権があります。

 

2 血族相続人
 

①  日本の相続は血統主義ですので、アメリカで生まれて、日本国籍を持っていなくても、日本の戸籍に記載されている者と区別されることなく、平等に相続できます。

②  ただし、日本の戸籍に記載がない場合は、出生証明書、婚姻証明書等で血族関係を証明しなければなりません。

③  血族相続人の相続順位は次のとおりです。
 

㋐第一順位は、相続人の子です。

     子が相続開始時に死亡している場合は、その子の子、つまり孫が代襲相続します。相続分は、孫の父親が生きていれば、その父親が相続したであろう分を相続することになります。注意すべきは、父と子が同時に死亡した場合は、その子は相続権がありません。代襲相続にな ります。
     アメリカとの大きな違いは、子が養子となっていても、実父母の相続権がある点です(ただし、特別養子縁組をした場合は、除きます。)。したがって、養子は、養親からも、実父母からも相続できますので、二重に相続権があることになります。

 

㋑第二順位の相続人は、直系尊属です。

     つまり、父母、祖父母です。この場合、父母が祖父母より優先して相続人となります。

 

㋒第三順位の相続人は、兄弟姉妹です。

     兄弟姉妹の内、死亡しているものがいる場合は、その兄弟姉妹の子、つまり甥姪が代襲相続します。その相続分は、第一順位で説明した とおりです。

 

ご注意!
 

 以前、私が取り扱った事案で、「あなたは、アメリカで市民権を取得しているので、日本の相続権がないんだよ。」と他の相続人から言 われた、という海外居住の方がいらっしゃいました。
 これまでの解説をお読みになればお分かりかと思いますが、日本の相続法は血統主義を採用していますので、国籍に関係なく、相続でき るという点は、是非覚えておいてください。
 また、ある方は、日本のご兄弟から、「アメリカの国籍を持っている場合、日本では相続できない。」と言われ、数億円の遺産の相続を 諦めたそうです。これらの発言は、何ら法的根拠がない、虚偽の事実ですので、騙されないようご注意ください。

 

 
CASE 2


 
Question
 

 昨年、父が死亡し、相続人が3名います。
 私は、約30年間アメリカに居住しており、市民権を取得しております。遺産の分割で、相続人間で揉めており、私が親の面倒を看なかったので、相続を放棄しろと言われております。しかし、放棄する気持ちはありません。遺産の分割にはどんな方法があるのでしょうか。

 
Answer
 

 遺産は、相続の開始によって共有状態になります。
 遺産の分割には、指定分割・協議分割・審判分割の方法があります。これらの方法を以下で説明します。
 

1.指定分割
 

 被相続人が遺言により、妻に土地家屋を、長男に株式を、長女に預金を、と指定する方法です。貴方のご質問では遺言がないようですの で、この方法の分割はできません。したがって、他の方法によることになります。
 

2.協議分割
 

 相続人全員での協議で全員が分割内容に同意できる場合、遺産分割協議書を作成し、日本在住の相続人は自署し、実印を捺印して、印鑑 証明書を添付します。貴方の場合は、アメリカのノータリー・パブリックで公証人に署名(サイン)を公証(ノータリー)してもらうこと になります。この場合、1通の遺産分割協議書に相続人全員が署名しなくても、相続人が3名である本件の場合には遺産分割協議書を9通作 成し、各自3通に署名捺印又は公証した協議書を所持していても有効です。この方法は、遠隔地に相続人が居住する場合に、特に便利で  す。
 

 協議の内容は、相続人間で自由に決められます。場合によっては、相続人一人にすべて相続させ、他の相続人は相続しないと決めても問 題ありません。相続放棄は、被相続人の死亡後3か月以内に、放棄書を相続開始地の家庭裁判所に提出しなければなりません。相続放棄期 間の3か月を過ぎた場合でも、上記の内容の協議分割を行えば、相続分がない相続人にとって相続放棄をしたのと同一の結果となります。
 

 一度遺産分割協議が成立したが、内容に不満があり再度協議を行う場合や、相続人の一人が母の面倒を看る約束で他の相続人が相続をし ない内容の協議が成立したにもかかわらず、その約束を実行しないため協議をやり直す場合には、相続人全員が協議の解除に同意すること が必要となります。ですので、遺産分割の協議に際しては、慎重に行うことが必要です。
 

 特に注意すべき点は、海外に居住している場合、日本から相続税申告書と共に遺産分割案が提示され、法定相続分に合致しているので安 心して署名したが、後日の調査で相続財産の価値が遥かに大きいことが分かり、揉める場合があります。遺産分割は、分割時の市場価格に よることが原則ですので、相続税申告書の各遺産の価値を市場価格で検討する必要があることを憶えておいてください。
 

3.審判分割
 

 協議分割が無理である場合、相続開始地または相続人の居住する日本国内の住所を管轄する家庭裁判所に調停の申立てを行うことになり ます。通常、調停は毎月1回の割合で行われます。調停委員は2名で、各相続人の意見を聴取して、遺産分割についての合意を試みますが、 委員の判断には法的拘束力はありませんので、合意に達しない場合には調停を打ち切り、審判手続きに移行します。
 

 審判手続きは、審判廷で、裁判官が相続人を尋問し、証拠を提出させるなどして最終的な判断である審判を行います。その審判書は判決 と同様の効力がありますので、その内容に相続人は法的に拘束されることになります。審判に不服がある場合には、高等裁判所ないし最高 裁判所に不服を申し立て、再度審判してもらうことができます。
 

 しかし、審判が長期化してしまい相続税の納付が遅れますと、税務署は裁判のことを全く考慮せずに延滞税を加算しますので、遺産分割 は決着したが、相続税が遺産を超過していまい、自分独自の財産まで差し押さえられるケースもありますので、注意が肝心です。
 
 
CASE 3


 
Question
 
 遺言について
 私は、日本に多少の不動産をもっており、私の死後問題が生じないように遺言をしておきたいと思いますが、その方法を教えてください。

 
Answer
 
 日本の民法では、遺言の方式として、①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言の3種類があります。
 これらの方式と注意すべき点をご説明します。
 
 

1.自筆証書遺言
 
 自筆証書遺言とは、遺言者が遺言の全文、日付および氏名を自分自身で書いて、捺印または拇印を押す方式です。この方式のとおりにし なければ、遺言が無効になります。日付は西暦・和暦のいずれでも構いません。
 
日本では土地と建物は別々の不動産として登記されますので、登記簿謄本(全部事項証明書)の記載のとおり書く必要があります。
 パソコンで作成したり、他人に書いてもらった遺言は有効ではありません。
 
 同じものを数通作成し、日本に住んでいる相続人に預けておいて、死亡した後に、家庭裁判所で「検認手続」という開封手続を行うこと になります。
 
 なお、遺言執行人を遺言書の中で指定しておくと、同人が全権を持って相続手続きを行ってくれます。信頼できる親族等を遺言執行人に 指定することで、事後の相続人間のトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。
 
 
2.公正証書遺言
 

 公正証書遺言は、遺言者が公証人役場(アメリカなどで言うところのNotary Public)に証人2人を同行して、証人の立会いの上で、  遺言したい内容を公証人に口頭で伝え、公証人が筆記して作成します。
 
 病床にあるなど公証人役場に行けない場合は、公証人が遺言者のいる場所(病院など)に出向いてくれます。
 
 裁判で遺言の有効・無効が争われるのは、死期が切迫して判断能力が低下し遺言を作成することがままならないにもかかわらず、日本に いる相続人が予め自分だけに都合のよい遺言内容を作成して、公証人が遺言者にその内容を読み聞かせ作成してしまう方法です。
 
 日本の裁判所が下した判断の中には、遺言者はその内容を十分理解できなかった状況下で作成されたと認定して無効としたものがありま す。
 
 海外で居住している場合、親の死亡で日本に駆けつけてた際、自分に不利な内容の公正証書遺言を他の日本に住んでいる相続人から示さ れ、愕然とする場合があります。しかし、諦めないで、どのような状況下で作成されたのか確認する必要があります。
 
3.秘密証書遺言
 
 秘密証書遺言は、自筆証書遺言と実質的に同じですが、遺言の効力の争いを避けたい場合に遺言者が遺言書を作成し、封書した上でこの 封書を公証人と証人2人以上の面前で提出して行います。
 
4.なお、アメリカにお住まいの方は、現地の法律事務所で、日本の財産等に関する遺言書を作成しても有効です。ただし、日本で認められ ている遺言の方式は上記の3つなので日本の法律によって相続をしたいと考えている方は、この点にご注意ください。
 

CASE 4


 

Question

 
 個人経営の会社を長年経営していた父が最近死亡し、相続が開始しました。父は生前、多額の借金をしており、近年経営が苦しい状態にあったと聞いております。他方、父は、生前たくさんの不動産を所有しておりました。
 私はアメリカに長年住んでおりますので、債務と遺産のどちらが多いのか分かりません。私は、相続をしたいのですが、仮に債務超過で借金のみを相続するのであれば相続を放棄したいと考えております。
 調べたところ、相続放棄は相続開始の事実を知った時から3か月以内に家庭裁判所に放棄書を提出する必要があるとのことですが、3か月以内に債務超過か否かを調査することは、海外居住者である私には大変難しいです。どうすればよいのでしょうか。

 
Answer
 

 採るべき手段は、2つあります。
 家庭裁判所に対して、相続放棄期間である3か月を延長してほしいと申し立て、延長の審判をしてもらう方法と、限定承認をする方法があります。
 これらの方法について説明します。
 
 
1.相続放棄期間の延長の審判をしてもらう方法
 
 御父さんの死亡が記載された戸籍謄本、相続人である貴方の戸籍謄本、及び弁護士に手続きを依頼する場合は委任状等を添えて、海外に居住しているため、日本の遺産相続で債務超過か否かの調査が3か月では間に合わないといった理由を申立て書面に記載して、6か月程度、期間を延長してほしいと家庭裁判所に申し立てると許可されます。
 
 申立てに必要な用紙は家庭裁判所で入手できますので、日本在住の相続人か知人に依頼して、郵送してもらいましょう。そして、必要事項を記載して日本に郵送の上、上記必要書類を添付して家庭裁判所に提出してください。
 
 債務超過か否かの調査は、貴方自身で行うことは大変困難なので、日本の弁護士または税理士等に依頼する必要があるかもしれません。
 
 日本在住の相続人から資料を提供してもらうことで判断することもできますが、よくあるケースとして債務超過でないのにもかかわらず、貴方に相続放棄をさせるために資産を過小評価し、債務超過であるとの情報を提供することで相続放棄を促す場合があります。この点には、細心の注意が必要です。遺産の過小評価は本当によく散見されます。
 
2.限定承認申立てをする方法
 
 相続放棄できる期間中(3か月または延長された期間中)に裁判所に対して限定承認の申立てを行います。
 
 
 限定承認とは、債務が遺産を超過するおそれがあるが、その確定ができない場合、遺産から債務を支払った後に、なお遺産が残る場合それを相続することをいいます。
 
 もし、結果的に債務超過であれば、遺産の相続はありませんが、債務を相続しなくて済みますので、大変便利な方法です。

 
 しかし、この方法を選択する場合、相続人全員が同時に申し立てる必要があります。
 債務超過の場合でも、たとえば、長男が家業を承継し、長期にわたって債務を返済すると主張している場合などは、この方法を採ることができなくなります。

 
 この場合、貴方は、単独で相続放棄をするか、そのまま相続(単純承認)して、結果を待つほかありません。その場合、長男とよく話し合って、債務超過のときに貴方が債務を負担しないための事前の取決めをしておく必要があります。
 
 しかし、この取決めをするには、長男との関係が良好である必要があるでしょう。また、仮に、このような取決めができたとしても、債権者はそのような相続人間の約束など関係なく貴方に対して請求してきます。この時、かかる約束について債権者に説明し、理解してくれればよいのですが、理解せず請求してきた場合、貴方はこれを拒めません。
  
 長男が貴方との約束を実行しない場合、最終的には貴方は債務を支払う責任を負うことになります。責任を負う債務の額は貴方の法定相続分の範囲です。したがって、このような事態を避けるには、将来債務の支払いを免れるため、貴方ご自身の判断で相続放棄するしかないことになります。

 

CASE 5


 

Question

 
 私は、数年前に日本で相続した土地を兄との共有で所有しており、毎年、固定資産税の2分の1を支払っておりますが、近年、日本では都心部を除き地価が値下がりしているようなので、今のうちに売却して現金化した上で、アメリカで預金したいと考えています。しかし、兄に売却の話をしても聞く耳を持たず、売却に同意してくれません。そこで、自分の2分の1の持分だけでも現金化する方法を教えてください。
 
Answer
 
1.共有者間の協議による「分筆登記」を行う方法
 

 自身が所有している共有物を現金化する方法は、まず、共有者間で話し合って「分筆登記」つまり、各個人別に土地を分割してそれぞれの名で所有権登記をした上で、売却することが考えられます。しかし、当該地の道路に面する部分が狭く、同地が道路から見て奥まった場所にある等の場合、同価値に分けることが難しく、話し合いがまとまらない場合があります。
 

 特に、日本の土地はその多くの場合、それまで大きかった土地を分筆し、細分化した上で売却して少しでも多くの住宅等を確保することが長年行われてきたため、細々とした土地が密集し、互いに入り込んだ状態にあることが多いといえます。ですので、分筆が困難と思われる土地は日本に多く散在しています。
 
2.自身の共有持分を第三者に売却する方法
 

 次に、他に採りうる方法は、土地の大きさにもよりますが、自分の共有持分を第三者に売却することです。当該持分を購入した第三者が兄と話し合うことでその後の共有関係について解決がなされることで、貴方は兄と折衝しなくてよくなります。
 
 ただし、第三者に売却する際、共有物の売却ということで売却価額は相場よりかなり安くなってしまうでしょう。購入者は共有者である兄との折衝等に手間がかかり、訴訟リスクまで負うわけですから投下資本を回収までの時間・労力等を考慮した上で購入価格を算出するからです。
 
3.裁判所に対し分割請求する方法
 
 そこで、利用できる裁判手続きとしての方法は、共有物の分割を裁判所に請求することです。日本の民法では、第258条に、共有物の分割について、共有者間で協議が整わないときは、その分割を裁判所に請求することができる、その場合、共有物を分割することができないとき、または分割によって価格が著しく減少するおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命じることができる、と規定されています。
 
 上記の「分割することができないとき」とは、土地の面積が狭く2等分したのでは建築基準法上、一軒の家が建てられない場合や、土地の一面にのみ道路が接面しており、その土地の形状がうなぎの寝床のように細長く単純に2等分したのでは、一方が接道しなくなり、建築許可がおりない場合が例として挙げられます。
 
 また、「価格を著しく減少させるおそれがあるとき」とは、当該地が市街地区内にあり、坪単価は高額であるがその土地の坪数が少ないため、分筆してしまってはその坪単価通りの評価がなされず価格が著しく減少してしまう場合などです。
 
 この手続きを行えば、共有持分を100%現金化できます。
通常、裁判の中で最後までお互いの合意点を見いだせなければ、裁判所は最終的に金銭的分配を行うために当該地の競売を命じます。そして、競売になれば市場価格の数割程度安い価格で競落されてしまう可能性があります。そのため、裁判所としても相当な理由なく頑なに分筆を拒否している当事者(兄)に対して、分筆に応じるか、または任意に売却することに同意するよう説得していくことで解決することがほとんどです。
 

 確かに、それでも兄が裁判所の説得に応じない場合、貴方は競売により競落代金の2分の1を受領することになる可能性もありますが、競売になれば、共有財産の価値がそれだけ減じてしまうことになることは明らかなので、大抵の場合、経済的な合理的判断から説得に応じることが期待できます。

 

 
CASE 6

 
Question
 
 
 最近、父が死亡して、不動産を相続したのですが、相続手続きの期限、相続税、売却の方法、並びに売却に伴う費用・税金・確実に売却代金を取得する方法、必要書類等について教えてください。
 
 
Answer
 
 
1.相続手続きの期限について
  

 相続手続きに期限はありません。
 
 日本にいる相続人から、相続の期限は相続開始(被相続人の死亡時)から10カ月だから、至急送付した必要書類に署名したうえで領事館か公証人の署名証明を取得して返送するようにと指示を受け、慌てて書類を返送してしまい、大変不平等な遺産分割がなされ、ひどいときには相続分がゼロとなってしまい、後悔する例が多数あります。
 
 先に述べましたが、相続手続きには期限がありませんので、数十年前に死亡した祖父の相続を現在行うことも稀ではありません。
 
 
 しかし、注意しなければならないことは、貴方が遺言の存在をしらず、かつ遺言上、貴方の相続分はゼロ、他の相続人がすべてを相続するという内容であって、これを10年以上放置すると貴方は一切相続できなくなります。
 
 この10年というのは、貴方が他の相続人に対して、遺留分減殺請求できる期間です。遺留分減殺請求とは、遺言上、貴方の相続分がたとえゼロであっても、貴方の法定相続分のうち、その2分の1について他の相続人から取り戻せるという権利です。
 
 この遺留分減殺請求は、相続開始後10年以内に貴方がご自身の相続分が遺言等により侵害されていると知ったときから、1年以内に行使しないで放置した場合にも、消滅時効により、この権利が消滅してしまいますので、注意しましょう。
 
2.相続税について
 
 平成27年3月31日までは、課税標準についての基礎控除の5000万円に加え、相続人1人につき1000万円の控除があります。もし、相続人が妻・2人の子である場合、相続人は3人ですので、総遺産が8000万円を超えないのであれば相続税は発生しないことになります。その他、様々な特例等により納付金額が変化しますので、税理士等、日本における税務の専門家にご相談されることをお勧めします。
また、平成27年4月1日より、相続税法が大幅に改正され、特に上記基礎控除額が減額されてしまうので特に注意が必要です。
 
3.相続した不動産を売却する方法について
 
 信頼できる日本の居住者に信頼できる不動産業者を選んでもらうのがよいと思います。兄弟等、身内に依頼すると、経費の問題や売却代金の清算などでトラブルになることがよくあります。あくまでもビジネスライクに考えて、進めていくのがよいでしょう。
 
4.不動産の売却の費用及び税金について
 
 不動産売却の費用は、不動産業者の仲介手数料(売却代金の約3%)、測量費(約30万円から100万円-土地の広さによる。)、不動産譲渡税(15%)、その他契約書に貼る印紙代などの細々とした諸経費10万円から30万円程度、及び仮に建物付き土地の売買で建物の解体を要する場合にはその解体費用(具体的な金額は建物の大きさなどにより異なります。)などが掛かります。以上は、おおよその目安としてお考えください。
 
5.確実に不動産の売却代金を取得する方法について
 
 信頼できる代理人を選んで契約の締結から不動産の引き渡し・代金の支払いまでを代わりに行ってもらうか、売り主である本人自身が帰国して売買契約日ないし決済日(以下、「取引日」という。)に立ち会うことです。取引日には本人または代理人、相手方である買主、司法書士、及び不動産仲介業者が一同に会し、不動産の権利移転に必要な書類と引き換えに、現金か銀行の保証小切手を受領する方法が最も確実です。
 
6.不動産売却に必要な書類について
 
 必要となるのは、代理人を選任する場合には代理人に対する委任状、司法書士に対する委任状、在留証明書、本人が日本の戸籍に記載がない場合には父の死亡証明書・相続人の出生証明書・婚姻証明書(要は、存在する戸籍から現在の自分へと間断なく身分関係を証明するのに必要な範囲における証明書)等になります。その他不動産関係の書面としては不動産の謄本や固定資産税評価証明書等が必要となります。
 
 
 これは日本に限ったことではないのでしょうが、不動産取引は高額な取引となることが多く、そのため慎重な手続きが取られるが故に手続きが煩雑になることが多いと言えます。したがって、上記の手続きを自分ですべて行うことは時には大変な負担となり、また専門的な知識を欠く場合には後のトラブルのリスクを負うことになってしまいます。そこで、できれば、弁護士や司法書士を代理人に立たうえで、信頼できる不動産業者を選ぶことをお勧めします。
 

 
CASE 7


 
Question
 
 私は、40年近くアメリカに住んでおります。この度、父が日本で亡くなり、相続が開始しました。母は既に死亡しており、相続人は、兄弟姉妹の3人であり、うち2人の兄弟が日本に住んでいます。
 
私が葬儀のため一時帰国したところ、父は遺言を残しており、その内容は遺産のすべてを日本に住んでいる兄弟2人に相続させるというものでした。
 
私は全く相続財産を手に入れることはできないのでしょうか?
 
 
Answer
 

 日本の民法では、貴方の場合、遺言がなければ法定相続分である3分の1の遺産を取得できるはずでしたが、遺言がある以上、残念ながらその割合において相続はできません。しかし、民法上、法定相続人は法定相続分の2分の1の遺産を法律の規定によって取得できます。
 

これを遺留分と言います。

 
相続人が被相続人の死後、生活に困らないようにその者を保護するため法律の規定によって与えられる権利です。したがって、遺留分については当事者の意思により事前に放棄することはできず、また、遺留分を侵害するような遺言によってもこの権利を否定することはできません。ですので、貴方は、法定相続分の2分の1である6分の1について遺留分を主張できることになります。
 
  私が経験した数多くの相談の中で、親を捨てて海外で暮らし、全く親の面倒も看なかったお前に相続する権利はない、または、日本の国籍を持っていないお前には相続権は認められないなど、他の相続人から強く言われ相続についての一切を諦めてしまったというケースが多くありました。しかし、日本に居ながらでも親の面倒を看なかった相続人は当然に相続権が認められるのですから、海外居住者・国籍離脱者であっても法律に従って相続できることは明らかですし、そうすべきです。こんな時、遺留分に関する知識があれば、主張できる遺産を取得する根拠が増えますので憶えておいてください。
 
  そこで、さらに説明していきますと、注意してほしいのは、ご相談にあるような遺言があることを知った、すなわち、相続が開始したこと及び減殺すべき(取り消すべき)贈与・遺贈・遺産分割の指定等があったことを知ったときから1年の間に遺留分減殺請求権を行使しなければ時効消滅により、権利が消滅してしまう点です。逆に、一度行使しておけば、解決までに何年掛かろうとこの権利に基づく返還請求権は消滅しません。また、被相続人が死亡し、相続が開始してから10年間が経過しますと、やはりこの権利は消滅してしまいます。これは、10年間も相続に関心を持たなかった者は法律上保護されないという意味ですので注意しましょう。
 
  一例を挙げますと、遺言書について他の相続人が偽造した、または、親に無理やり書かせたので遺言書は無効であると争っている間に1年が経過してしまうと、後に遺言が真正と認められたとき、遺留分すら貰えないという事態に陥ってしまいます。
 
  また、遺留分の計算については、現に残された遺産に他の相続人が生前被相続人から受け取った特別な利益(特別受益といいます。例えば、土地を買ってもらった、家を建ててもらった、大学の学費を出してもらった、医学部に行かせてもらった等。)を加算されますので、現存する遺産だけから算出した遺留分の額より多くなる可能性もあります。また、遺留分の算出において被相続人のプラスの遺産からマイナスの負債が引かれた後の額が算出の基礎になるのが、相続分の算定同様、基本となりますので憶えておいてください。
 
 
CASE 8


 
Question
 
 私の父がこの度死亡し、葬儀のため一時帰国しましたが、葬儀が終了し暫くしてから、兄より公正証書遺言を見せられ、この遺言には信じられないことが書かれていました。その内容は、生前父と仲が悪かった兄に遺産の大半を相続させ、私にはその残りの僅かな遺産を相続させる、というものでした。
 
 父は、生前私のことを大変心配し、アメリカでの生活に困った際はいつでも送金すると言ってくれていましたし、また2年前帰国した際には、私にも相当な遺産を残してくれると言ってくれていました。
 
 父は、1年ほど前から痴ほう症で、物事の判断が十分できない状態でした。そして、公正証書遺言は、死の半年前に作成されていたことが分かりました。とすると、父は物事を十分に判断できない状態で、遺言を作成したことになりますが、それでも公正証書遺言は有効なのでしょうか。私は、僅かな相続財産で我慢しなければならないのでしょうか。
 
 
Answer
 

 私は貴方のご質問のような事例を数多く知っています。また、日本の裁判でも遺言の有効・無効を争うケースは稀ではありません。
 
 日本の公正証書遺言は、通常、本人が元気なときに公証人役場に行って、2名の証人の面前で作成するので、結論において無効になることはほとんどありません。しかし、それでも争いが後を絶たないのは、公正証書遺言の1ページ目に、本人は言い伝えることができないので、口述により作成された旨の記載のある公正証書遺言であるケースです。
 
 裁判で無効と判断されているものも、本人の意思能力が十分でない場合で、他の相続人が、事前に自分に有利な内容の原案を公証人に示して、公証人が本人の枕元で本人に読み聞かせて公正証書遺言を作成したというケースです。
 
 例えば、本人が末期のガンで、死の数日前意識が朦朧としている状況下において、本人は公証人が枕元で読み聞かせている内容をほとんど理解していないのに、本人が頷いたように見えたことから同意しているとして作成されたとされたケースなどでは裁判で無効となっている場合があります。前述のとおり、公正証書遺言の作成の際には2名の証人が立ち会うのですが、その者らは自分に有利な遺言を作成しようとする人の知人・友人などですから、その者らに後日遺言者は意識が朦朧としており、遺言できる状態ではなかったとは決して言いませんので、裁判上、遺言の真偽を争うのは大変です。
 
 そうすると、裁判で遺言は無効であると争う場合、亡父が生前入院していた病院からカルテや診断日誌等を取り寄せ、それに関与していた者を証人に立てるなどして、本人に十分な判断能力がなかったことを立証しなければなりません。しかし、病院の関係者は、遺言作成の場に立ち会っていませんし、そもそも紛争に巻き込まれるのを恐れて、なかなか協力を得られないのが通常です。しかも、カルテや診断日誌と言っても、そもそも患者の意思能力の有無を判断するために作成されているものではありませんし、遺言作成時には一時的に本人の意識が回復していたと証人らに言われてしまえば、必ずしも証拠として十分なわけではないのです。したがって、一般的には、公正証書遺言の真偽を争うことは大変難しいと言わざるを得ません。
 
 アメリカなど海外に長くお暮らしの方が、上記のような日本の遺言作成方法を知ると驚かれるかもしれません。ですが、日本に暮らしている他の相続人たちは被相続人の死期が近いと知るや用意周到に相続に備え公正証書遺言を作成することもあるのです。そこで、たとえ海外にお暮らしであるとしても、ご親族の安否や相続への備えなどについていろいろ手を尽くして情報を入手する努力が必要でしょう。
 
 また、CASE 7でも書きましたように、仮に遺言の無効を主張することが困難で、遺言のとおりの相続分しか貰えないという事態に陥っても、まだ遺留分を請求することは可能ですので、請求できる期間(時効期間)に気を付けて、忘れずに主張するようにしてください。
 
 
CASE 9


 
Question
 
平成25年12月末、日本に住んでいた父が亡くなり、相続が開始しました。その際、父に愛人との間に認知している子がいることが分かりました。私は、姉、妹の三姉妹なのですが、姉は夫と2人の子を残して既に亡くなっています。母は元気にしています。
 
 このような場合、亡父に関する相続関係と私たちの相続分はどうなるのでしょうか?教えてください。
 
Answer
 
 お父様が亡くなったことで生じる相続関係ですが、相続人は、貴方、貴方の母、妹、姉の2人の子供、及び、愛人との子供となります。姉の夫は、相続人とはなりません。今回の相続はお父様が被相続人のケースであり、姉が被相続人のケースではないからです。
 
 日本の民法では、第900条に相続の順位が規定されています。
 
第1順位は、被相続人の配偶者と子、子が死亡している場合は子の子つまり孫、孫も死亡している場合はひ孫となっています。
第2順位は、被相続人の配偶者と直系尊属、つまり被相続人の親、親が死亡している場合は祖父母となっています。
第3順位は、被相続人の配偶者と兄弟姉妹となっています。
 
 ご質問のケースは、第1順位の場合に該当しますので、これについて説明すると、相続分の分配は、貴方の母が 1/2を取得し、子である貴方、妹、姉の2人の子、及び愛人との子が残りの1/2を分け合うことになります。そうすると、貴方と妹は、1/2の1/4でそれぞれ1/8ずつ相続することになります。
 
 つぎに、愛人との子についてですが、これまでの日本の民法では「非嫡出子」つまり婚姻外で生まれた子は「嫡出子」つまり婚姻内で生まれた子の相続分の1/2と定められていました(旧民法900条4号ただし書)。しかし、この規定に関しては、長年、憲法14条で定める「法の下の平等」に反するとして多くの議論があり、下級審裁判例ではこれを違憲とするものもありました。そして、近年、やっと最高裁判所において違憲の判断が下り(最高裁大法廷違憲決定、平成25年9月4日)、これを受けて国会で民法の改正が行われ(平成25年12月5日成立、11日公布・施行)、改正法の下では非嫡出子と嫡出子との間に相続分の差はなくなりました。
 
 なお、法務省が公開している情報によりますと、「新法が適用されるのは,平成25年9月5日以後に開始した相続です。もっとも,平成25年9月4日の最高裁判所の違憲決定があることから,平成13年7月1日(最高裁判所が違憲状態にあったと認定した時期、注釈:私)以降に開始した相続についても,既に遺産分割が終了しているなど確定的なものとなった法律関係を除いては,嫡出子と嫡出でない子の相続分が同等のものとして扱われることが考えられます。」となっています。
 
 したがって、改正法に従いますと、本件では愛人との子も貴方や妹と同じく、1/8の割合で相続分を取得することになります。
 
 また、姉の2人の子についてですが、その子らは姉の相続権を承継して相続すること、つまり「代襲相続」することが日本の民法上認められます。
 
 したがって、姉の2人の子は、姉の相続分である1/4を分け合うことになりますので、1/2の1/4の1/2でそれぞれ1/16ずつ相続します。
 
 以上をまとめますと、ご質問のケースでは、相続人は、母、貴方、妹、姉の2人の子、及び愛人の子となります。そして、各自の相続分は、母は、1/2、貴方、妹、及び愛人の子は、それぞれ1/8、そして、姉の2人の子は、それぞれ1/16ということになります。
 
 最後に「代襲相続」について、少し補足します。代襲相続とは、親が死亡し、その時点でその子が死亡している場合に、その子の子(孫)が相続できるということですが、この代襲相続は、孫の子(ひ孫)まで認められます。これを再代襲といいます。しかし、相続人が兄弟姉妹の場合、その者らの子には代襲相続が認められますが、その子の子には再代襲は法律上認められていません。以上の代襲が及ぶ範囲について間違ってご記憶されている方がいらっしゃるので注意してください。